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今日、スペイン行きの全ての手続き終了(^^)
あとは、当日空港に向かうだけとなりました。
何気に1ヶ月切ってるんですよねぇ。

会社でスペイン行きを告げたら、皆に「そこまで!」といわれた(笑)
いや、皆山崎好きを知ってるんで、で、よく話してるんで、、、
海外旅行までか!といわれたんだけど(笑)
違うんだなぁ、それが。
もう何年も前から、憧れの地だったんですよねぇ。

私があまり「スペイン行きたい」と騒ぐもんで、
周りでは何人かが、そういえば、スペインいいって言ってたなぁと
行ってしまうし、、、新婚旅行の地に選んだ人もいるし。
「行ってなかったんだっけ?」と。それほど騒いでたのよねぇ。
社長までスペインに機械の展示会があるからと行ってるし、
で、挙句の果てには山崎さんまで、、、
(まあ、知ったこっちゃないだろうけど(笑))
ガイドブック持ってると思って見てみたら、98年版(笑)
どんだけあっためてきたんだか(^^;;
なんか、タイミングというか、いつも別のとこになっちゃったり、
まあ、「今」なんでしょうねぇ。
私が一番初めにスペインに興味を持ったきっかけは
パブロ・カザルスというチェリストの存在からでした。
音楽家というより、哲学者というか、、、
残された言葉から想像するだけですごい方なんですよねぇ。
でも、「自分の生涯が自伝を書いて記念するほど価値あるものとは
思えない。私はなすべきことをしたに過ぎないのだから。」
ということで、自伝が残されていないんです。
だから、周りの人達が書いたものしか残ってないの。残念な気がする。
私の持ってるのは
「パブロ・カザルス 喜びと悲しみ」と「カザルスとの対話」の2冊。
本当に尊敬してたお弟子さんが書かれた物もあって、
それは分かるんだけど、丁寧語尊敬語オンパレードのものもあって、
ちと食傷ぎみになるものもあったりします。
もう、最初にそれは今回は割愛してと断って書いてしまえば、、、
って、思ってしまったりするんですがねぇ。ま、気持ちは分かりますが。

1971年(95歳直前)の国連デーに「国際連合への賛歌」他3曲を指揮。
14年も公開演奏はしていなかったが、今日は弾きたくなりましたと
カタルーニャの民謡「鳥の歌」を演奏されました。この時の
「私の故郷のカタルーニャでは、鳥たちは平和(ピース)、
 平和(ピース)、平和(ピース)!と鳴きながら飛んでいるのです。
 この曲は、私の故郷カタルーニヤの魂なのです。」
という言葉は有名です。

チェロの近代的奏法を確立した人で、バッハの「無伴奏チェロ組曲」を
単なる練習曲から引き上げたのもこの方です。
不朽の名作とされ、色んなとこで使われたりしてるから、
聴いたことある人は多いと思います。
この楽譜に楽器店で出会ったのが13歳の時。
それから12年もの間研究し、弾き続け、25歳の時初めて公開演奏します。
「12年間、日夜この曲を研究し弾いた。
 それからの80年間、発見の驚きは増え続けているのだ。」
それだけ、虜にした曲、で、その演奏で人々を虜にしたカザルス。
もう、出会うべくして出会ったというか、必然なんでしょうねぇ。

幼い頃から色々な所で賞賛され、世界中でその名声を築いてきた彼ですが
1939年スペイン内戦によりフランスのプラドに亡命。
終生フランコ独裁政権への抗議と反ファシズムの立場を貫いています。
第二次大戦後に一度演奏活動を再開するのですが、各国政府がフランコ政権を
容認したことに失望し、容認した国では演奏しないと活動を停止してしまいます。
各国の音楽家が演奏を申し出るのですが、断られることが続き、
ならばということで、カザルスを引っ張り出すのは無理でも、
音楽家がカザルスのところへ集まれば、演奏会は可能だと判断し、
1950年プラドでカザルスを音楽監督としたバッハ音楽祭を開くことを提案し、
ついにカザルスの説得に成功。プラド音楽祭が誕生します。


私が心に残っている言葉のいくつかをあげておきます(^^)

「たまたま才能があるからといってうぬぼれてはいけない。
 才能は君たちの関係するところではない。
 君たちがどうしたということではない。
 問題は才能をどうするかだ。才能という賜物を大事にしなさい。
 天与のものを汚したり、浪費したりしてはいけない。
 絶えず勉強して、才能を育てなさい。
 
 勿論何よりも大切にすべき賜物は、生命そのものである。
 仕事は生命への挨拶であるべきだ。」

「年齢は相対的なものだ。人が仕事をやめずに、周囲の世界にある美しいものを
 吸収し続けるならば、年齢を重ねることが必ずしも老人になることではないことが
 分かるのだ。」
これは、93歳の時の言葉です。重みありますよねぇ。。。

「凡人だけが我慢することを知らない。偉大な人間は待つことを知っている。」

母親がまた素晴らしい人物だったようで、影響も大きかったようです。
カザルスも「母は常に率直だった。大事にも小事にも。」と語っています。
貫き通すことのできる信念を持っていて、子供の頃のカザルスの岐路へ立った時の
数々の決断は、先見とかそういうものを通り越していて、
ただただ、感心させられます。

プラド音楽祭のエピソードが最初にこの人に興味を持つことになった
きっかけだと思うんですよねぇ。
多分中学の時くらいにたまたま読んだ本で知ったんですが。
そのあと、TVで特集組まれてて、それで、この人すごい!となったわけです。
で、そのあと、ピカソにガウディにこんな人達を生んだ国ってどんな国?
とスペイン自体に興味が移っていったと。
ああ、長くなった。久しぶりに長々と(笑)失礼しました。
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2007.05.12 / Top↑
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